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1:ネタデス@\(^o^)/:2017/05/31(水) 06:30:53.96 ID:CAP_USER9.net
45年前の1972年5月30日に起きたイスラエルのテルアビブ空港乱射事件で、実行役として唯一生き残った日本赤軍メンバー、岡本公三容疑者(69)=殺人容疑で国際手配=が毎日新聞の取材に応じた。事件については武装闘争だったと正当化したが、「一度は帰りたい」と日本への郷愁も口にした。

<岡本公三「最後のインタビュー」で語った亡命生活と望郷の念>

 日本赤軍は1970年代、重信房子受刑者(71)=東京・八王子の医療刑務所に収監中=のもと結成され、共産主義を掲げパレスチナ解放人民戦線(PFLP)などと連携。テルアビブの事件を手始めにハイジャックや公館占拠事件を次々起こした。91年のソ連崩壊後は衰え、2001年に解散したとされる。

 空港乱射事件はパレスチナ問題と無縁の日本の若者が捨て身で実行したテロとして世界に衝撃を与え、その後の自爆テロへつながっていったとされる。

 岡本容疑者は4月下旬、政治亡命先のレバノンの首都ベイルートで、記者の質問に答えた。事件について「犠牲者に哀悼の気持ちを持っている」と語った。だが「事件はテロではなく、PFLPと共同で起こした武装闘争だった。武装闘争は今も昔も最高のプロパガンダ(政治的宣伝)になる」とし、多数の命を奪った残虐なテロ行為自体への反省や謝罪の言葉はなかった。

 帰国の意思については「日本で24年間過ごしたが、その後はずっと中東。一度は帰りたいが、普通には暮らせないだろうから帰国にこだわりはない」と語った。その一方で「20年に東京で再び五輪が開かれる。父には生きている間に会いたかった」と、望郷の思いをにじませた。かつて目指した世界革命が起きていないことへの感想も聞いたが、答えなかった。

 関係者によると岡本容疑者は現在、ベイルート市内で暮らす。レバノンの地方都市を旅行することもあるが、不測の事態に備えて常時ボディーガードが付いているという。

現地で岡本容疑者を保護するPFLPレバノン代表、マルワン・アブデラル氏も取材に応じた。

続きはソースで

https://mainichi.jp/articles/20170531/k00/00m/040/061000c
【【テルアビブ銃乱射】実行犯の日本赤軍メンバー「一度は(日本に)帰りたい」・・・多数の命を奪った行為への反省や謝罪の言葉はなし】の続きを読む